大雪山地域で捕獲されたトウキョウトガリネズミSorex minutissimus
大雪山地域で捕獲されたトウキョウトガリネズミSorex minutissimus
北海道野生動物研究所 門崎 允昭
小田島 護
山下 茂明
Sorex minutissimus captured in Daisetsuzan area of Central Hokkaido
Although Sorex minutissimus has been found in the North, South and East of Hokkaido, the authors found five specimens, for the first time, in central Hokkaido (four males and one female). The specimens were captured at altitudes ranging from 840-890 meters. The discovery of the species at this altitude is no less important than the discovery in this new region.
For each of the five specimens captured, the fully developed teeth indicated they were adult members of the species. In a previous report by the author (Kadosaki et al.2000) the head and body, forefoot, hind foot and tail lengths of specimens captured in the Sarubetsu area were documented. The respective lengths of the specimens discovered in central Hokkaido were smaller. Therefore it may be concluded that the members of the species found in central Hokkaido are smaller. (Table 2). The five specimens found in Daisetsuzan and the fifteen specimens found around Sarubetsu, all had dark to ginger brown heads, bodies and tails with the undersides a grey color. The identifying features of this species are: five unicuspids with red tips; a tail length less than 34mm; a tail width less than 2mm and a lot of short fine hair on the tail. Another identifying feature is that for specimens with severed tails, the hind foot length, excluding the length of the claw, is less than 10mm. Other species captured in the same area include: C. rex, C. rufocanus, A. argenteus, A. speciosus, S. unguiculatus, S. minutus, indicating they share the same habitat as Sorex minutissimus.
1.A-C indicates the sites where the specimens were captured in 2003
2.A-J indicates the sites where Sorex minutissimus has been captured in Hokkaido
3.The species and the number of animals captured with Sorex minutissimus
4.The number of captured animals
5.The range and average measurements of Sorex minutissimus in millimeters and grams.
緒 言
トウキョウトガリネズミSorex minutissimusは我が国では北海道でのみ生息が確認されている稀少種で、従来の捕獲地は道北と道東と道南に限られていたが、著者らは道央部の上川町管内の大雪山地域で、大雪湖周辺地域の哺乳類相調査で2003年10月に本種5頭を捕獲したので、その知見を報告する。
捕獲地
本種を捕獲した場所はFig.1のA, B, Cの3調査地である。各調査地の概要は次のとおりである。
<調査地A>
大雪湖岸からの距離が約100mの湖岸段丘的地形の平坦地で、標高は約840mである。針葉樹の多い混交林で、クマイザサ(丈0.5m以下)の疎生地にゴゼンタチバナなどが混生している。ここで本種3頭を捕獲した。当該地の環境庁刊行、都道府県別メッシュコ−ドは「6543-30-83」である。
<調査地B>
大雪湖岸からの距離が約200mの、ルベシナイ川の左岸斜面で、斜度は25〜30°で、標高は840〜860mである。混交林で、林床にササ類がほとんど無く、丈0.5m以下の他の草本類が密生している。ここで本種1頭を捕獲した。メッシュコ−ドは「6543-30-75」である。
<調査地C>
大雪湖岸からの距離が約1.2kmの、ルベシナイ川の右岸斜面で、斜度は25〜35°で、標高は870〜890mである。混交林で、林床にほとんどササ類が無く、裸地が目立つ。ここで本種1頭を捕獲した。メッシュコ−ドは「6543-30-76」である。
捕獲法
今回の調査は捕獲対象種をMuridae とSoricidaeとしたため、各調査地にはじき罠(パンチュウ、餌はピ−ナツ)25個と墜落罠(口径20cm、深さ30cm)5個(餌ナシ、共食い防ぐために水を5cm程入れ)を、2003年10月上旬に連続7昼夜仕掛け、獲物を1日1回総計で6回回収した。
計測部位と同定
計測部位は前報(門崎他、2000)を踏襲し、頭胴長(吻端と肛門間の距離)・尾長(肛門と尾骨後端間距離)・手長(手根後端と爪除く最長指先端間距離)・ 後足長(足根後端と爪除く最長趾先端間距離)・体重・最大頭蓋長(切歯骨前端と頭骨後端間の距離)・上歯列長(切歯歯冠前端と第三臼歯歯冠後端間距離)・下歯列長(切歯歯冠前端と第三臼歯歯冠後端間距離)の8部位である。計測はノギス、マイクロメーター、精密重量計で行い、計測値とその平均値は小数第2位で四捨五入し求めた。
種の同定は前報(門崎他、2000)の知見と門崎(1996)とから、体がトガリネズミ型で、歯尖が赤染し、単尖歯が5本あることと、それら単尖歯の歯冠高が前位3本が同高で、4番目と5番目が順次低くなっている特異性を具備し、さらに、尾長が34mm以下で、尾の最大径が2mm以下で、しかも短毛が密生していること・後足長が10mm以下であること・上歯列長が5.9mm以下であること・下歯列長が5.7mm以下であるものを本種(S. minutissimus)と決定した。性別は生殖器で判定した(門崎、1996)。
結果と考察
本種の北海道でのこれまでの明確な捕獲地は、総て道北と道東と道南に限られている(Fig.2)。具体的には、道南では鵡川でのみ1頭(Thomas、1905)捕獲されているだけだが、道東と道北では各21頭捕獲されている。道北の21頭の具体的な捕獲地と頭数は弟子屈町虹別で9頭(阿部、1961; Abe、1967)、中標津町当幌で1頭(小宮、1970)、標津町伊茶似で1頭(前川、1981)、釧路町入境学と浜中町火散布で各1頭(近藤、1986)、嶮暮帰島を含む浜中町管内で7頭(河原他、2003)、根室市別当賀で1頭(北海道新聞、2003)である。道北の21頭は総て豊富町と幌延町のいずれもサロベツ原野である。21頭の捕獲者の内訳は、4頭は島崎他(1986)、15頭は門崎他(2000)、1頭は水辺の国勢調査での捕獲「開発局1998」、他の1頭は今泉忠明氏が1999年5月に捕獲したものである「北海道新聞、1999」。この他道北の幌延山地と道東の十勝管内士幌を本種の産地とする記載があるが(北海道、2001;環境省、2002)、捕獲者や捕獲年月日など具体的な記述がなく真偽は不明である。
さて、今般著者らは道央部の大雪山地域で初めて本種5頭を捕獲した(Fig.3)。捕獲地の標高は840〜890mの区間である。今般の記録は道央部のしかも高標高域で本種の生息を初めて確認したという点で、本種の地理分布上貴重な知見である。これで道南西部地域を除く道北・道央・道東・道南の4地域で本種の生息を確認したことになる。道南西部は気候が温暖であるから、冷涼な気候を好む本種が生息している可能性は少ないが、他の4地域は気候的に本種が好む環境であり、調査の進行で更なる生息地が確認される可能性が強い。
今般の捕獲標品5頭の計測値はTable 1のとおりである。5頭とも歯が総て萌出ずみで成体であった。前報(門崎、2000)で、それまでに計測値が公表されていた北海道産のThomas(1905)の1頭、阿部(1961, 1967)の9頭、小宮(1970)の1頭、開発局(1998)の1頭の合計12頭と著者らの15頭の合計27頭とкривошеев(1984)によるロシア(サハリン・極東・カムチャツカ)での70頭及び今泉(1971)のサハリン産の2頭を含めた101頭の頭胴長・尾長・手長・ 後足長・体重・最大頭蓋長・上歯列長・下歯列長の8部位の計測値の範囲を示したが、今般の5頭の計測値はいずれもその範囲内であった(Table 2)。
さらに前報の著者らのサロベツ産15頭と今般の5頭をそれぞれ異なる地域個体群として計測値を比較すると、頭胴長・尾長・手長・ 後足長の4部位で、大雪山地域個体群はサロベツ地域個体群よりも小さい傾向が見られ、大雪山地域の個体は全体的にサロベツ地域のものに比べ体形が小形であることが示唆された(Table 2)。
著者らがこれまでに得たサロベツ地域産15頭と大雪山地域産5頭を基に北海道産本種の形態を総括すると、体色は頭・尾を含む体全体の上面が暗褐色ないし茶褐色で、下面は全体が灰白色である。
本種の同定基準としては単尖歯が5本で歯尖が赤染し、尾長が34mm以下で、尾の最大径が2mm以下で、しかも短毛が密生しているという特異性がもっとも簡便有効である。 尾が欠損している場合には、爪を除外した後足長が10mm以下であることが本種の同定基準として使える。
今般大雪山地域で本種が捕獲された調査地で、同じく捕獲されたMuridae とSoricidaeの種とその捕獲数を示すとTable 3の通りである。MuridaeではC. rex、C. rufocanus、A. argenteus、A. speciosus(調査地Aのみ未捕獲)、SoricidaeはS. unguiculatusとS. minutusが捕獲され、これらの種が本種と共存していることが分かった。
結 論
1:本種の北海道でのこれまでの明確な捕獲地は、総て道北と道東と道南に限られていたが、今般著者らは道央部の大雪山地域で初めて本種5頭を捕獲した(♂4、♀1)。捕獲地の標高は840〜890mの区間である。今般の記録は道央部のしかも高標高域で本種の生息を初めて確認したという点で、本種の地理分布上貴重な知見である。
2: 5頭とも歯が総て萌出ずみで成体であった。
3:前報(kadosaki et al.2000)のサロベツ産15頭と今般の5頭をそれぞれ異なる地域個体群として計測値を比較すると、頭胴長・尾長・手長・ 後足長の4部位で、大雪山地域個体群はサロベツ地域個体群よりも小さい傾向が見られ、大雪山地域の個体は全体的にサロベツ地域のものに比べ、体形が小形であることが示唆された(Table 2)。
4:著者らが捕獲したサロベツ地域産15頭と大雪山地域産5頭を基に北海道産本種の形態を総括すると、体色は頭・尾を含む体全体の上面が暗褐色ないし茶褐色で、下面は全体が灰白色である。
5:本種の同定基準は単尖歯が5本で歯の先端が赤染し、尾長が34mm以下で、尾の最大径が2mm以下で、しかも短毛が密生しているという特異性がもっとも簡便有効である。 尾が欠損している場合には、爪を除外した後足長が10mm以下であることが本種の同定基準として使える。
6:本種が捕獲された調査地で、C. rex、C. rufocanus、A. argenteus、A. speciosus、S. unguiculatus、S. minutusも捕獲され、これらの種が本種と共存していることが分かった。
引用文献
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