熊はなぜ人を襲うのか


        どうぶつと動物園 (594号) 1999年9月 掲載の全文

 今年も北海道で渓流釣りの人が、2・3歳の羆に襲われ殺され、大腿部などを喰われた。尾瀬でも、月輪熊に襲われ負傷人がでた。3年前には、動物写真家の星野道夫さんが、カムチャッカ南部のクリル湖畔で幕営中に、羆に夜襲され、喰われる悲事があった。その場所は、私も6年前に日本人として最初に羆の研究で訪れたが、私はこの種の事件の度に、被害者の無知ににがにがしさと、人を襲ったために殺獲された熊に哀れさを感じる。

 北海道には約1.900(出産前)〜2.300(出産後)の羆が、全道面積の50%の地域に現棲している。この30年間に猟師以外の一般人が羆に襲われた事件は30件で、年平均では1件になる(猟師の事件は18件)。羆の数を2千頭とすれば、北海道で1年間に人を襲う羆の存在率は二千分の1頭である。これでいかに人を襲う熊が少ないかお分りでしよう。

 しかも一般人を襲う熊は、精神的に不安定な2・3歳の若熊か、子を連れた母熊に限られている。4歳以上の単独の成獣が一般人を襲うことはまずない。これは月輪熊にもあてはまる。襲う原因は、排除(不意に出会った時など)・戯れ(じゃれ気で)・食べるための三つに大別される。星野さんを襲った熊は、直ぐに筋肉部を食べたと記録にあるから、襲った原因は「喰うため」と見てよいだろう。その熊も若熊であることは間違いない。

 熊の被害を防ぎ、襲われても生還するたには鉄則がある。遭遇による被害を防ぐために、自然にない音を時々立てること。声を出すのも良い。次に、襲って来た場合には、鉈で死にものぐるいで、熊のどこでもよいから叩きつけることだ。生還するには反撃以外にない。 熊も反撃されて、痛い目に遭うと、必ず攻撃を止め逃げている。星野さんも鉈で反撃していれば、生還しえたろう。星野さんは熊の本性を理解していなかったために殺され、それ故に加害熊も殺獲された。これも野生に対する無知が、自然に迷惑をかけた実例だと私は思う。熊除けスフ゜レーを星野さんは持っていたというが、熊は襲い始めたら、スフ゜レーの有効距離の4mよりも離れた地点から、瞬時に襲いかかるからスフ゜レーは通用しない。熊の棲み家では保険のつもりで、鉈と鳴物を持ち歩くことだ。そうそれば、熊を恐れることはない。

 

フ゜ロフイル:かどさき・まさあき

1938年北海道帯広市生まれ。現在、北海道野生動物研究所 所長、農学博士。著書に「ヒグマ」北海道新聞社刊、「野生動物痕跡学辞典」北海道出版企画センターがある。   


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